橋本簡易裁判所 昭和26年(ハ)6号 判決
原告 成慶院
被告 高野山製材工業株式会社
一、主 文
原告の請求は棄却する。
訴訟費用は告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し和歌山県伊都郡高野町大字高野山二百九十七番地及び同所二百九十八番地の土地に存する第一号一木造板葺平屋建工場一棟建坪六十三坪五合、第二号一木造杉皮葺平屋建工場一棟建坪五十一坪五合、第三号一木造杉皮葺平屋建物置一棟建坪三十七坪五合、第四号一木造杉皮葺平屋建板乾燥場一棟建坪五坪及びその他の施設物を収去してその敷地約三百坪を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、
その請求原因として訴外金剛峯寺は請求趣旨記載の土地を国から使用貸借し、原告は右訴外寺院から更にこれを使用貸借していたところ、昭和二十一年二月下旬頃被告に対し右土地を賃料一ケ月につき金百円その支払期毎月二十五日、使用目的製材作業施設、期間昭和二十一年三月一日から同二十六年二月末までと定めて賃貸し被告は現在右土地上に請求趣旨記載の建物を所有しこれに製材施設をし占有中である。右土地は原告の由緒ある縁故地として仮建築のお堂があり境内地であつた。右堂は戦時中海軍によつて無断取毀されたけれども原告の寺院を建立すべき唯一無二の敷地であるからこの土地を賃貸することは宗教法人である原告の物的存立要素を失うことになり、右賃貸借は原告の目的範囲外の行為であつて当然無効である。そうでないとしても右賃貸借契約は原告の主管者が信徒総代の同意及び所属宗派高野山真言宗主管者の承認を受けていないから無効である。又民法第六百二条に定める所謂短期賃貸借として信徒総代の同意及び所属宗派主管者の承認を要しないものとしても借地法のもとにおいてはかかる短期賃貸借は認められないから無効である。すなわち原告は何等権限なくこれを占拠しているものであるから右建物及び施設物を収去し右土地を明渡すべきことを求める。
仮りに右賃貸借が有効であるとしても既に賃貸借の期間満了し消滅しているからこれを請求すると述べ、
被告の抗弁に対し昭和二十五年三月十八日及び昭和二十六年二月二十六日被告から右賃貸借契約の更新請求の意思表示を受けたことは認めるけれども、右賃貸借は原告の主管者が管理行為として信徒総代の同意及び所属宗派主管者の承認を受けずに為した所謂短期賃貸借であつて借地法は適用されないから被告に契約更新の請求権はなく右意思表示は何等の効力を生じない。
仮りに借地法の適用があり被告に契約の更新を請求する権利があるとしても原告はつぎのように自ら右土地を使用するもので正当な事由を有し昭和二十五年三月十五日被告の更新請求前に予め被告の更新請求に対し異議を述べていたものであるから更新請求の意思表示は同時に効力を失い何等の効力を生じない。即ち本件土地は前記のように原告の縁故地で仮建築のお堂があり境内地であつたが、戦時中海軍が無断で取毀した上この土地に請求趣旨記載第一号の建物を建て製材用木金工場となし製材作業中終戦となり海軍がここより引揚げるに当り訴外金剛峯寺において右建物及び工場の施設一切を譲受けこれを利用し沖縄引揚者の救済事業として製材事業を行つたが、その後これを止めることになつた際、当時は終戦後の経済的社会的混乱期であつて、原告は当分寺院を復旧することができない状態にあつたので右施設の利用の途を講ずることとし、被告の要望もあり訴外金剛峯寺は右工場機械設備一切を被告に、工場の建物(請求趣旨記載第一号建物)は原告に譲渡し、原告は右工場建物を更に被告に譲渡すると共に右工場建物の敷地である本件土地を五年間に限り使用目的を製材施設とし賃貸するに至つたもので、被告は右契約に当り原告ができるだけ早く寺院を復旧したい考えであること、右工場施設は右以上に拡張しないことを承認していたものである。しかるに被告はその後請求趣旨記載第二号乃至第四号の建物を右土地に増築して施設を拡張するに至つたが、原告は現在既に寺院復旧の準備が整いその建築許可をも受けその建立に迫られているものであると述べ、
被告の買取請求権行使の仮定抗弁に対し本件賃貸借が有効とするも前記の通り所謂短期賃貸借で借地法の適用はなく被告に買取請求権はないからその意思表示は何等の効力を生ずるものでない。被告が買取を請求する本件建物以外の物件が被告が権限により土地に附属せしめたものであることは否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告がその主張のように使用権を有する請求趣旨記載の土地を原告主張のころ期間の点を除き原告主張のような定めで被告が賃借したこと、右賃貸借について信徒総代の同意がないこと、被告が右土地上に原告主張のような建物を所有しこれに製材施設をし本件土地を占有していることは認める。賃貸借の期間については契約書に原告主張のとおり記載したけれども例文的のもので多額の資本を投下する以上右期間は当然更新されることを双方暗黙裡に予期していたものである。その他の事実は否認すると述べ、
仮りに本件賃貸借が原告主張のような期間の定めがあつたとしても被告は昭和二十五年三月二十八日及び同二十六年二月二十六日原告に対し、借地法により契約の更新請求の意思表示をしたから契約は更新され賃貸借は存続しているから原告の請求は失当であると述べ、
被告の契約更新の請求は原告の異議により失効した旨の再抗弁に対し、本件土地に戦時中海軍が製材用木金工場を設け製材していたこと、終戦後請求趣旨記載第一号建物を原告から、その機械設備を訴外金剛峯寺からそれぞれ譲受けたこと及び請求趣旨記載第二号乃至第四号の建物を右土地に増築し施設を拡張したことは認めるが、その他の事実は否認する。戦時中海軍が取毀したものは原告のお堂でなく訴外桜池院の炭納屋である。被告が右の如く工場を譲受け本件土地を賃借し製材工場を建設するに至つたのは原告の所属宗派高野山真言宗の主管者の承認とその強力な斡旋によつて実現し、工場名も高野山製材工業株式会社金剛峯寺木金工場と称した程で賃貸借期間についても前記のとおり共に暗黙裡に更新を予期したものである。そのような関係であつたため被告が昭和二十二年製材機自動送台車等を増設し同年及び翌二十三年前記請求趣旨記載第二号乃至第四号の建物を増築するについても原告及び訴外金剛峯寺はこれを承認したのであつて被告は右製材工場に現在約金三百六十余万円の資本を投下し操業しているものであるから、原告が契約の更新請求に対し異議を述べたとしてもその異議は正当の事由がないから被告の右更新請求を拒絶する効力はない。
仮りに本件賃貸借に対する被告契約更新の意思表示が原告の異議により効力を失い、契約は更新されず期間の満了により消滅したとしても被告は原告に対し被告所有の本件建物及び被告が権原により本件借地に附属させた別紙目録記載の物件を時価により買取るべきことを借地法に基き本訴(昭和二十六年七月三日の口頭弁論期日)において請求すると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が使用権を有する請求趣旨記載の土地を昭和二十一年二月下旬頃被告に賃料一ケ月につき金百円その支払期毎月二十五日使用目的製材作業施設の定めで賃貸したことは当事者間争がない。その賃貸借期間については争があるところ成立に争ない甲第一号証、証人岡本直人の証言、原告主管者番野光義の本人訊問の結果によれば右賃貸借の期間は昭和二十一年三月一日から昭和二十六年二月末までであることが認められる。他に右認定を覆すに足る措信すべき証拠はない。
原告は右賃貸借契約は宗教法人である原告寺院の目的範囲外の行為であつて、当然無効である旨主張するので判断する。本件記録に存する原告の宗教法人令による登記簿謄本及び原告主管者番野光義の本人訊問の結果同結果により成立を認める甲第三号証(原告の寺院規則)証人加藤諦道、同岡本直人の証言によれば、
(1) 原告は宗教法人令に基く宗教法人で高野山真言宗に所属し真言宗の教義に従つて鎮護国家済世利人の祖訓の実現を本旨として法要の儀式を行い説教、講演、文書、詠歌、映画その他の適切な方法によりその実現を図るものであること。
(2) 本件賃貸借の目的たる土地は昔武田信玄がこの地にあつた原告の寺院を宿坊にしたという由緒がある原告の縁故地で仮建築のお堂が存在する境内地であつたが、戦時中海軍の求めによりその空地を製材用木金工場の敷地として貸与したところ軍は無断で右お堂を取毀したので交渉の結果軍は用済後これを復旧して返還することを約したので止むなくその敷地をも使用させた。しかるに終戦後海軍はこれを復旧せずして引揚げることとなつたので原告は復旧の代償として請求趣旨記載第一号建物を譲受けたが、当時は終戦後の経済的社会的混乱期で原告は当分寺院を復旧することができない状態であつたので、原告の搭頭寺院である訴外金剛峯寺は海軍から右工場設備一切を譲受けこれを利用して、引揚げ沖縄県人の救済事業を始めたが後経済的に経営困難となりこれを止めるに至つたが、原告はその当時においてもなお寺院復旧の見通がつかなかつたので原告及び訴外金剛峯寺は協議の上右工場施設の経済的利用を図り、被告会社に右工場施設を譲渡して被告において製材事業を営むことを承認し、金剛峯寺は右工場の設備一切を、原告は請求趣旨記載第一号建物を被告に譲渡すると共に原告は本件土地を被告に対し前記の如く賃貸したことが認められる。
すなわち原告は右(1) の目的に反しない限り宗教法人令及び前記原告の寺院規則に従つて諸種の法律行為をなすことができるけれども、原告が宗教法人である結果として境内地又は原告の存立と密接な関係がある縁故地を賃貸することは原告の存立自体を否認することになるから原告の右目的に反するものといわなければならない。しかし右認定のように本件土地は賃貸借当時は既に境内地ではなく又原告の存立自体と密接な関係ある縁故地でもないから本件賃貸が原告の目的に反するものということはできない。仮りにお堂の取毀しが原告の意思によるものでないという意味で実質上境内地であり、又は密接な関係にある縁故地であるとしても原告は本件賃貸借当時寺院を復旧することができなかつたので寺院を復旧することができるまで現状を変更することなくして賃貸し収益を図つたものであるからこれを賃貸しなかつたとしても、右土地が直に境内地又は縁故地として復旧するわけではないから原告の存立を否定するものだとはいえない。そうだとすれば右施設を放置するよりもこれを経済的に有効に利用するのが原告のためにも又社会的にも利益である。
何れにしても原告の目的に反するものということはできないからこれを原告の目的範囲外の行為で無効であるとする原告の主張は認容できない。
つぎに原告は本件賃貸借契約は原告の主管者が信徒総代の同意及び所属宗派高野山真言宗の主管者の承認を受けずして為したものであるから無効である旨主張し、信徒総代の同意がないことは被告の認めるところであるから原告の主管者が処分行為として為したものとすれば一応無効といわなければならないけれども、原告の主管者は右の同意及び承認がなくとも管理行為として民法第六百二条の定める所謂短期賃貸借を為す権限を有するのであるからこの要件を備えている場合には直に無効ということはできない。かかる場合は当事者は特別の表示をしない限り右短期賃貸借としての効果の発生を欲したものというべきである。しかして本件賃貸借契約について期間を満五年間と定めたことは前記のとおりであつて、右契約に当り当事者が特に短期賃貸借としての効果発生を欲しなかつたものであることは原告において主張し立証しないところであるから、原告の主管者が処分行為として本件契約をしたものとしても民法第六百二条に定める短期賃貸借として転換し民法上有効に成立したものということができる。
つぎに原告は本件契約が民法上有効としても借地法のもとにおいては民法第六百二条に定める土地の賃貸借は認められない無効のものであると主張するところ、処分の能力又は権限のない者が民法第六百二条に定める賃貸借をすることができないとすれば管理者はやむなくこれを放置し遊休させることとなろう。そうすると一坪の土地寸時といえども有効に利用しなければならないという国家社会の強い要請を国家が自らふみにじる結果になること、借地法は一時使用の借地権といえども一部の規定の適用を除外しながらなお有効と認めていることよりすれば民法第六百二条に定める賃貸借制度を否定したものとは到底考えられない(借地法のもとにおいて有効だとしても、その規定が総て適用されると即断することはできない、如何なる部分が適用され又適用されないかは別に考慮されなければならない)のであつて本件契約は借地法のもとにおいても有効に成立したものというべく原告の主張は認容できない。
しかして本件賃貸借の期間は昭和二十六年二月末日の経過により満了したことは明であるところ被告は昭和二十五年三月二十八日及び同二十六年二月二十六日原告に対し借地法により契約の更新請求の意思表示をし、契約は更新され賃貸借は存続している旨抗弁し、原告は右意思表示を受けたことを認めるので、その効力について判断するに民法第六百二条に定める賃貸借は処分の能力又は権限を有しない者によつて代理される本人が賃貸人となることから生ずる利害を考慮して設けられた制限規定であるのにこの賃貸借に借地法第四条第一項の契約の更新請求権が適用されるとすれば事実上処分の能力又は権限ないものにこれを附与し、長期賃貸借を設定したと同様な結果となるだけでなく処分の能力又は権限のないものが名を短期賃貸借に藉り内実長期賃貸借を設定し本人に損害を加える行為をも認容する不都合を生ずることとなり、借地上の建物等の社会的効用を完うせんとする借地法の要請は第四条第二項の買取請求権を認めることにより、或る程度目的を達成することができ又借地権者の地位の確保による保護の要請について考えて見ても処分の能力又は権限のないものと契約した借地権者はそれが本人の意思による処分行為でないことを考慮に入れて利用し、又利用するのが誠実な履行であるから処分の権限あるものと契約した場合と同じように地位が確保されるとは思つていないのである。そうして処分権限あるものと契約した場合と同様に契約の継続を強制してその地位を確保するときは前記のような不合理を生ずるのであるからこの不合理を押し切つてまでこれを強行して保護する必要はなく、借地法第四条第二項の買取請求権によつて保護し前記要請に応えることで充分であり妥当であるといわなければならない。すなわち民法第六百二条に定める賃貸借には借地法第二条第二項(期間の最短期間の制限)及び第四条第一項(契約更新請求権)はその適用ないものと解さなければならない。そうすると被告の前記契約更新請求の意思表示は何等の効力を生じないから被告の抗弁は採用できない。従つて被告の右契約更新請求は原告の異議により失効した旨の原告の再抗弁については判断をする必要がない。
つぎに被告は本訴(昭和二十六年七月三日の口頭弁論期日)において原告に対し借地法に基いて本件建物及び被告が権原に因り本件土地に附属させた別紙目録<省略>記載の物件を時価により買取るべきことの意思表示をしたのでこれについて判断する。民法第六百二条に定める賃貸借に借地法第二条第二項、第四条第一項の規定は適用されないけれども第四条第二項(借地権買取請求権)を適用する必要があることは前記のとおりであるが、右買取請求権は契約の継続を強制する方法により借地上の建物等の社会的効用と借地権者の地位の確保を図ることが借地所有者に対し妥当を欠き不合理である場合に借地所有者に対し契約継続よりも負担の少ない方法によつて第二次的にその目的を達成しようとするものであるから、右買取請求権を契約の更新なき場合に限るべきでなく前記のようにこれと同様な関係にある民法第六百二条の賃貸借にも借地法第四条第二項の適用あるものと解さなければならない。
しかして右借地法第四条第二項に基く買取請求の目的物は賃貸借終了のとき借地人が権限に基き借地上に有する建物その他の附属物であるが本件建物以外の別紙目録記載の物件がこれに該当することは原告において否認するところ被告代表者中迫清治の本人訊問の結果及び検証の結果によりてはこれを認めるに足らず他にこれを認める措信すべき証拠はない。
そうすると前記被告の買取請求権の行使の結果昭和二十六年七月三日本件建物につき原被告間に同日の時価を以つて代金とする売買契約が成立したと同一の効果を生じたものというべく原告はこれにより右建物の所有権を取得したのであるから、被告の原告に対する建物収去の義務は消滅し、被告は右建物引渡義務を負担したものであるが、被告は右代金支払があるまでは右引渡を拒むことができこれに伴う当然の結果としてその敷地である本件土地の引渡を拒み得るものというべく、なお請求趣旨記載の建物以外に本件土地に施設物があることは被告において別紙目録記載のとおり認めるところであるけれどもその種類、名称、本件賃貸借の使用目的が製材施設であること及び検証の結果によれば右施設物は本件土地及び建物の利用の方法として存在するものであることが認められるから、被告が前記のように右建物及び土地を直に原告に引渡す義務がない結果としてこれを引渡すまで右施設物は収去するを要しないものといわなければならない。
原告の本訴請求は何れにしても認容することはできないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 古南為一)